バラク・オバマが被爆地広島を訪問する

バラク・オバマがG7首脳会合・伊勢志摩サミットで訪日する際に広島を訪れるという。

現職のアメリカ大統領としては、初の広島訪問だ。

1995年にワシントンのスミソニアン博物館が、アメリカ世論の強烈な反発により原爆展開催を中止に追い込まれたときのことを思うと、隔世の感がある。

ここ数年、駐日米大使や、国務長官のジョン・ケリーが広島を訪問して、今回の大統領訪問の地ならしをしてきた。

日本の世論はおおむね肯定している。

アメリカも、ニューヨーク・タイムズやワシントン・ポストは賛意を表明しており、これはオバマが一部の米国民の反発を乗り切れると判断した理由の1つだ。

「原爆投下は戦争を早期に終結させるために必要だった」

しかし、問題の本質はこのような地点にはない。

アメリカ国民の一部が、あるいは、アメリカの政府やメディアが、「広島と長崎への原爆投下は戦争を早期に終結させるために必要だった」と主張するのは、市民を無差別殺戮したという戦争犯罪を否定する目的でのことだ。

当然のことながら、オバマが過去の原爆投下を謝罪する予定はない。

戦争中に日系のアメリカ市民を収容所送りにしたことについては、アメリカ政府はすでに謝罪を行っているが。

原爆投下はれっきとした戦争犯罪である

第2次世界大戦での最大の蛮行は、ナチス・ドイツによるユダヤ人その他のジェノサイドである。

その蛮行故に、ヒトラーとナチスは全否定されている。

中国政府が強く訴えるように、日本軍による南京虐殺も、歴史に残る蛮行である。

しかし、それに劣らないのが、アメリカ政府・軍による広島・長崎への原爆投下である。無辜の市民が十万人単位で殺戮された。

敗戦後に首相として日本の新たな進路を確立した吉田茂は、占領軍のダグラス・マッカーサー将軍に従順であったと伝えられている。

敗戦国の首相としては仕方のないことだったろう。

吉田茂の気概

しかし、吉田の真の思いはそうではなかった。

吉田は外務次官と駐英大使を務めた外交官で、親英米派であったために戦争中に日本政府によって投獄されている。

戦争終結後に東京の焼け野原を眺めた吉田の胸の内は、アメリカに対する怒りであふれていた。

当たり前だ。アメリカ政府は無辜の日本人を大量虐殺したのだ。

外交官であった吉田は、国際法は熟知していた。

同時に、国際政治が国際法にのっとってなされるわけではないことも、当たり前のように、理解していた。

新たな日本の進路を作り出すべく、吉田はマッカーサーにひたすら従順であっただけである。

鍵はサンフランシスコ平和条約

日本の政治家で、国際政治を理解していたのは、中曾根康弘までである。

竹下登以降は、まったく理解していない。

そのような時代にあっていたしかたのないことかもしれないが、一部の日本の右翼系政治家は、「ルーズベルトは真珠湾攻撃を知っていた」などと、日本への思い入れを語る。

しかし、真にアメリカ政府が恐れているのは、原爆投下や、東京その他の大都市無差別空襲の責任をもちだされることである。

残念ながら、歴史と国勢政治を理解しない日本の政治家たちは、みな等しく、「サンフランシスコ平和条約は絶対的に正しい」と捉えている。

アメリカ政府が本当に恐れているのは、日本に対するアメリカ政府の戦争犯罪を免責したサンフランシスコ平和条約を見直されることなのだけれども。